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学習会記録(第201回)


日時:平成25年1月30日(水)
参加者:41名
内容:「これからの図書館」
発表者:京都大学名誉教授 長尾 真


記録・文責:酒井雅典(京都図書館情報学学習会)

1.古代アレクサンドリア図書館
・紀元前2〜3世紀にはあったとされる。また図書館はそれよりも前からあった。
・書物を収集し、知の共有と交流を行う。
・学者を一箇所に集めて生活させ、文献学的研究を行った。
・現代の研究グループでいうと、マサチューセッツ工科大学の人工知能やマルチメディアに関係した研究所がアレクサンドリア図書館に類似。IT時代においては、資料は全てネット上にある。最先端は自分達という自負がマサチューセッツ工科大学にはある。山中教授のグループも一例。学問は誰もが接することができるようにオープンであるべき。

2.本の形態の歴史
・時代:古代からグーテンベルグの活版印刷技術による本の普及の時代を経て、ディジタル時代へと移り行く。
・形:板から巻物、冊子という頁を持つ形態ができ、本となって目次、索引が付いた。今日、電子読書端末には、膨大な数の本を収めることができ、任意の本の必要な部分を取り出せる検索機能もある。

3.教育への電子書籍の導入
・多次元的な著作物として、活字だけでなく映像も使用できるマルチメディア電子教科書。
・クラス討論や教師との対話にも活用できる。
・教師は全生徒の学習状況の把握にも活用できる。また、個別指導も可能。
・演習問題の回答に対して人工知能ソフトウエアによる指導の可能性もある。例えば、解答プロセスをタブレットに入力すると、その都度アドバイスを受けられるというもの。

4.国立国会図書館(以下、国会図書館)における資料の収集
・館長に就任したとき「常識が常識とは限らない」と職員に投げかけた。
・納本制度は完全に機能しているかということを調査。商業出版物で約90%、地方自治体、大学の出版物で50%の納本率であった。5月25日を納本制度の日と定め、自から収集の努力をする必要性を説いた。
・全てのWEBサイトを収集するのは疑問視する声があったので、国や公的団体のものを許諾なく収集できるように法改正をした。
・電子納本に向けて法整備中。定価のある本は出版社との協議中。
・科学映画の収集が必要。例えば、15分程度の岩波映画など。700〜800本ほどある。教材として優れている。収集しようと交渉したが、今どうなっているか不明。
・5万枚の歴史的音盤の収集とディジタル化。そして、公共図書館への配信提供。
・東日本大震災アーカイブの構築。各省庁に呼びかけ、この3月にポータルサイトが開設される。
・ラジオ、テレビ映像のアーカイブに向けて在任中に取り組み始めたが中断。参考までに、フランスの場合は法整備がされている。
・脚本、台本等も収集し、ディジタル化に取り組んでいる。

5.資料のディジタル化における法的問題
・著作権のある図書のディジタル化は著作権者の許諾を必要とする。
・著作権者を探し出すのに時間と費用がかかる。著作権者データベースを構築し、登録義務を課すような制度が望ましい。
・著作権者が不明な孤児出版物は、著作権者が名乗り出た時に著作権料を支払うこととして、ディジタル化し、配信可能とするべきである。

6.資料のディジタル化における技術的問題
・スキャニングにおける問題。質の悪い紙の漫画などは裏写りがするので、復元処理が必要。
・文字化における問題。戦前や終戦直後の出版物で約70%、現代の6000字程度の本で約99%の文字認識ができる。
・ページ構成を認識するための問題。見出しや枠が本文と違うということを自動認識させる技術が必要である。

7.ディジタル資料の整理・分類
・分類作業の問題。例えば、MARCを付けるために人員、コストがかかりすぎている。司書の使命のように思われる作業だが、利用者にどれほど役に立っているのか検証が必要。
・複合的な主題の出版物や新しい分野が出てくる今の時代にどう対処するのか。アメリカ、カナダ、オーストラリア、ドイツの国立図書館で導入されようとしているRDAを国会図書館でも導入検討中。ただし、これはMARCよりコストがかかる。
・分類の自動化は、10年後ぐらいには可能なシステムになって欲しい。
・マルチメディア書籍の分類やWEB情報に対するメタデータはダブリンコアでおこなっても、大変困難であり、現状には満足していない。
・グーグル検索(何か出てくる、ノイズが多すぎる)の行方。利用者の要求に応えられる検索が望まれる。今の図書館員に求められるスキルでもある。
・検索技術を高度化すれば分類は不要となるか。情報の優劣の問題ではなく、多様な資料に対応するためという視点が必要。
・例えば、東日本大震災の資料として、官公庁や自治体が、映像、インタビュー、その他各種の資料を収集しているが、これらを求める利用者へ提供するにあたりどのように検索できるようにするか。

8.国会図書館における電子図書館
・国会図書館においては、図書資料保存の目的で許諾なく図書資料のディジタル化を行うことができる。
・この場合のディジタル化は、利害関係者との話合いでディジタルイメージまでであって、文字テキスト化ができないことになっている。
・国会図書館所蔵資料のディジタル化の状況(平成23年8月末)として、目標950万点中210万冊がデジタル化。OCRにかけずイメージだけである。中でも和雑誌(12000タイトル)は、どういった論文が収録されているかわかるところは貴重である。
・ディジタル化にかけた予算130億円ほどのうち、著作権者探しに十億円余を必要とした。なお、残り740万点のディジタル化には500億円が必要。

9.NDLサーチ
・検索機能を抜本的に変更。開発費も約60億円から20億円に減り、維持費用も今までよりもかなり安くできた。システムへの不満や意見がある方は国会図書館へ。
・所蔵機関、情報種別を問わない統合検索機能の提供:公共図書館、大学図書館、専門図書館、NII、国立公文書館、国立美術館、民間電子書籍サイトなど。
・書誌、目次及び全文テキストからの検索。
・同一著作物、同一資料をグルーピング表示:単行本、文庫本、紙、ディジタルなど。

10.電子図書館からの貸出
・電子化した資料が来館しないと見られないというのは問題。税金で運営しているのだから、国会図書館周辺の国民以外も容易に利用できるようにするべきと思い著作権法を改正して電子化し配信できるよう努力した。
・著作権法を改正した結果、容易に入手できない書籍については許諾なしに国立国会図書館から日本中の公共図書館、大学図書館まで配信できるようになった。
・個人の端末への送信については交通費程度を想定した貸出料金を徴収し、これを著作権者・出版社の収入とすることで、全国の読者に電子出版物の配信を可能にできないかと提案したが、出版業界が反対し、図書館界でも議論となった。

11.電子出版物の販売
・グーグルは出版社から電子出版物を受け入れ、独自の価格で販売している。
・グーグルのデータベースには世界中の出版物が集中し、世界最大の書店となるだろう。
・日本でこの役割を果たせる企業はない。
・ビジネスモデルとして、国会図書館のディジタルアーカイブに全ての出版物が納本されれば、出版社はこれをクラウドとみなして利用する方法が考えられる。
・電子出版物を買う人は、国会図書館のディジタルアーカイブから出版社が設定した価格で購入し、その料金は出版社へ支払れるようにする。
・こうすれば各出版社がディジタルアーカイブを個別に維持する必要がなくなる。

12.電子図書館時代の公共図書館
・電子読書、調査が可能な環境整備(ハード、ソフトなど)。例えば、各公共図書館で電子資料を購入するのではなく、国会図書館と利用者の仲立ちをして、電子資料を公共図書館で読める環境を整備する。
・公共図書館には専門家のネットワークを持ったきめ細かいレファレンスサービスが残っていく。
・読書会、グループ学習への支援、指導。
・学校教育、学校図書館との連携。学校図書館は貧弱なところが多いので、地域の図書館の協力が望まれる。
・大学図書館や世界的規模での図書館間連携。
・地域の知の拠点、知識の交流センターになる。
・地方議会、行政への支援、基礎資料の提供は今後重要になっていく。例えば、鳥取県知事が議会への協力を図書館に呼びかけ、良い結果が得られた。
・地方の文化財的資料等を全国に対し、ディジタルにより提供。

13.アメリカの例
・図書館スペースをグループ教育の場とし、要求に応じて即時に電子図書を購入している。
・スタンフォード大学工学図書館は利用頻度の高い2万冊の図書と50タイトルの雑誌だけを残し、その他は電子版で提供。
・書架を取り払い利用者スペースを広げ、個人閲覧席のほかにグループ学習エリアを設け、ホワイトボード、電子掲示板、Kindle2などを提供。
・テキサス大学サンアントニオン校は紙の本が全くない応用工学図書館を設置。グループ勉強室を多数設けて、意見交換やチームワークによる問題解決を行う。
・これらを専門知識をもった図書館司書が指導、補助するようになった。
・デンバー大学図書館では2000年から2005年の間に購入した本の40%は一度も使われなかった。そういった無駄がないように電子書籍を対象として利用者の希望のあるものだけを、その場で即座に購入する方式に切り替えた。
・アマースト大学出版局は著作権者から許可を取り、人文・社会科学分野の刊行物を全てオープンアクセスにすることで、昔から言われている知識は万人の物という精神を実現した。

14.未来の図書館とこれからの検索技術
・1994年、京都大学でアリアドネというシステムを富士通と共同開発。
・1996年に京都大学図書館に電子図書館を作ったが、時代に合っていなかったのか、現在も進展しているという話を聞かない。
・本の表題から中身を推測するのは難しい場合がある。
・電子書籍は章や節、項などの目次に従ってツリー状に構築されることが望まれる。
・目次による本の構造化によって、本全体を取り出すのではなく、必要なところだけを取り出すことが可能となる。
・目次検索は今後の図書館システムにおいて非常に重要になってくる。現在、国会図書館でも目次検索は行われているが構造化はできておらず、理想からは遠い。
・一般人は自然言語で検索したい。その場合ノイズが多くなる。「て、に、を、は」が入る文章を自然言語分析することで、ノイズはかなり減らすことが出来る。
・京都大学の黒橋禎夫先生がgoogle検索の結果(WEB上の情報)に対して、自然言語分析で利用者の意図に合うものだけに絞る手法を開発した。しかし、まだ広く使われるところまでいっていない。

15.検索結果に対する自動評価と付加情報
・取り出した情報の信頼性、信憑性のチェックが自動で出来るシステムを今後開発する必要がある。例えば、googleによる検索結果TOP10の情報は信頼できるのか。
・多様な情報が得られた時の情報内容の分布が提示できるシステム。例えば、googleによる検索結果のうち、ロングテールの部分を見ることはあまりないので、全体的な把握ができるようにする。
・質問に対する回答は肯定的な情報と否定的な情報の双方を提示。

16.WISDOM(http://wisdom-nict.jp/)による分析
・例:近年、環境対策で話題のバイオエタノール。本当に環境に優しいのだろうか?
・「バイオエタノールは環境に良い」で検索すると…。
・入力に関連する主要なキーワード、対立、矛盾する文を一覧表示。
・情報発信者の分布を提示。
・情報発信者ごとの肯定的、批判的な意見、評価の分布を提示→カテゴリー(上記例なら職業)によって意見が違う。
・検索結果を情報の発信者ごとに絞り込める。発信者のプロフィールや情報のソースなども表示される。
・検索結果ごとに「広告」や「プライバシー」の有無などの概観情報が表示される。
・取り出した情報の信頼性のチェックが出来るシステムを今後開発する必要がある。
・「バイオエタノールと環境」に関する人々の意見、評価を分析し提示。情報発信者のタイプごとの意見に絞り込むこともできる。
・肯定意見:バイオエタノールやバイオ燃料が、今「環境に優しい」として注目を集めている。
・否定意見:バイオエタノールは、大豆から作るディーゼル油に比べてエネルギー効率が悪く、環境への負担も大きい。
・主要な文とそれに対立、矛盾する文。関連するキーワード。
・「環境に優しい」という表現がよく使われる一方で少数ながら「環境に優しくない」という表現もある。
・「環境に優しくない」という文を含むページも表示される。

17.15と16を踏まえて今後の展開を予想
・図書館内だけでなく、ネットワーク上の検索を行うにあたり、従来の図書館が行う検索のイメージでは狭くて対応できない。
・ネットという大海原の中から、自分の欲しい情報を探し、それが正しいものなのかをチェックする必要がある。
・1600万冊をディジタル化したと豪語するgoogleでさえ、今の検索システムでは対応できなくなるだろう。検索システムの高度化が望まれる。
・利用者が将来望む方向に対して、図書館はどういったサービスを提供していかなければならないか。

18.著作権問題
・約100年前にでてきた著作権は、電子書籍の出現において現状とマッチしなくなった。
・一から「これからあるべき著作権の枠組み」とはどういうものであるべきか、真剣に検討する必要がある。
・文化庁、WIPOに対して発言してきた。時間はかかるだろうが、今後著作権の健全な発展には必要なことだと思う。

19.質疑応答
Q01:古い本の文字の認識結果について。アジア歴史資料センターが崩し字の検索システムを作った。精度85%ほどだが大変便利である。精度はどれぐらいあれば良いのか?
A01:京都大学の林先生が作ったシステムだと、手書き文字は1文字より連続した3文字の方が検索しやすい。3〜4文字単位なら検索精度が上がる。英語も同様。
   ただし、そのために事前にサンプルから3〜4文字単位を取り出しておく必要がある。戦前の活字も同様の手法で行うのが良いと考えている。
Q02:次世代図書館における職員像は?
A02:この先をどうするのか、電子図書館の浸透具合などを推測すると10年くらいの長いスパンで試行錯誤する必要がある。
   例えば、企業はクレームの記録を全て収集し、ビックデータとして分析を始めている。分析に必要な検索システムを考えるという点は図書館も同様。
   利用者の視点でも考える。新端末への対応や、SNSを利用したネット上の連携によりレファレンス解決ができるスキルも重要。
Q03:本の構成をバラバラに、ハイパーリンクの形にすることについて。調べ物については良いと思うが、小説や物語には馴染まないのではないか。
A03:小説や物語には確かに馴染まない。しかし、それらの形が今後変わっていく可能性もある。作者が分岐点を作っておき、読み手が話を作っていくタイプのモノが出てくるかもしれない。
Q04:Q03に絡めて、過去の小説を電子化する理屈付けについてのアドバイスが欲しい。
A04:書籍の構造化でも触れたが、例えば、作中の好きな漢詩や俳句だけを取り出すことができるようになるかもしれない。
   自分好みに再編成する楽しみが出てくるかもしれない。そういったことが、一般人にも手軽に出来るようになると面白いと思う。
Q05:図書館の責任において、収集対象の範囲はどこまで広げるべきか? 映像・画像等のディジタル資料などは専門機関があった方が良いのか?
A05:別の機関で収集できるのであればそれがベスト。それらが手におえない物を収集すれば良いと思う。勿論選んだうえでの話し。受け皿として国会図書館が受け皿になることもある。
   ビラ、パンフレットなど世相を表す物は集めるべきだが、予算の問題もある。今後そういった情報がネット上にアップロードされるようになると、記憶容量が必要ではあるがサイト収集で集めることができる。
Q06:図書館業界の中で常識と思われていることが世間の非常識であったりするが、この図書館業界内の思い込みはどうすれば取り払えるか?
A06:この会のように図書館員間で活発な議論をする。素人の意見や各分野の方の意見も聞く。国会図書館のカレントアウェアネスに載っている情報はすごいものがある。あれを見ると世界の図書館の動向がよくわかる。私もあれを見ていた。
Q07:情報検索の能力について、そもそも利用者はWEB上の情報に疑いを持つのか。リテラシー力の格差を埋める方法はないか?
A07:口頭によるレファレンスなどであれば、利用者が本当に求めるものを知るようにする。利用者の中には気後れして聞くことが出来ない人も居るだろう。
   例えば、欧州の書店で棚を眺めていると店員が声をかけてくる。探し物がうまくいっていなさそうな人を見かけたら、声をかけてみたら良いのではないか。相手のいることなので、難しいと思うが、利用者と図書館員のコミュニケーションが大事だろう。
   ネット上だと全世界を相手にできる上に、対人に比べて質問への敷居が下がる傾向にあるので、そういう質疑応答の場を設けるのも良いと思う。
Q08:機関リポジトリの情報も収集対象とすべきか? 機関リポジトリ自体を収集し、検索対象としておけばよいのではないか?
A08:機関リポジトリの収集は機関が責任を持ってくれればそれで良い。紙媒体の物は法定されているので、是非納本して欲しい。
Q09:手がけているアーカイブ事業において、出版年、著作権の確定が困難なものがあり、資料ごとの重要度や公開についての線引きについてアドバイスが欲しい。
A09:法定されているように文化庁長官の裁定を貰うのが基本となっているが、時代に合わないので著作権システムを変えてもらうしかない。
   例えば、著作権者が不明なものはオープンにしておき、著作権者が名乗り出てきたら然るべき対価を渡すという仕組みが考えられる。
   外国で行われているフェアユースを日本でも導入しようとしたが、骨抜きにされた。声を大にしていくしかないと考える。
Q10:テキサス大学の話を聞いて思ったが、専門知識を持った司書が助ける、とあるが、この専門知識とはどのようなことか。資料を読むと、これは教員の役割のように思う。アメリカの司書は修士を持っているので教えることが可能かもしれないが、日本ではどうか?
A10:難しい。米国事例。図書館司書と大学の先生の間に深いパイプがある。日本もそうしていくと良いと思うが、なかなか難しい。テキサス大学のようなことは日本ではすぐにできないが、司書が専門知識を上げていくことや、教員とのコミュニケーション、図書館員同士のネットワークが大切では。
Q11:国会図書館時代に館長としてどのように突破力を発揮されたのか?
A11:就任時にやるべき目標を宣言した。目標達成へ前向きになってもらうように、部長、課長級の職員や若い職員達と80回ほど会談した。そして、課長、係長といった中堅クラスの人々が前向きに、また、若い人たちを教育できるよう、希望や、苦情など色々な話合いをした。図書館は継続性が大事であり、強引に変えたくなかった。序々に変えていき、新しいことを積極的に取りれていくということをやっていった。
 
20.最後に
・図書館情報学ではなく、これからは情報図書館学とすべきである。
・図書館を情報化するのではなく、世界中に渦巻いているあらゆる情報を図書館学的に整理し、利用できるようにする。
・これからの時代は図書館情報学から卒業し、情報図書館学という広い世界へ打って出て欲しい。









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